『雨降哀歌』


『あたしは悪くないって思いたいから自分から誘わなかったの。』

『それでね、あたしはあたしの罪をあなたの所為にしたいの。』

『それでね、あたしはあなたの罪をあたしの所為にしてほしいの。』

『…それはちょっとウソだけど。』


手探りのセックスの後で降り出した雨。開け放たれた窓から流れ込む水の匂いが濃くなっていく。湿った部屋の空気、絨毯張りの床に散らばる服。
「…雨、降ってきたよ。窓閉めなくていいの?」
「降り込まないから大丈夫。」
「ごめんもう寝る…」
「どうぞ。」
「明日バイトだから…」
「音楽かけていい?」
「お前の部屋だし…」
「音小さくするから。」
「おやすみ…」
「おやすみ。」
あたしは一つ落ちた使用済みコンドームの袋を横目で見ながら、リモコンでCDをかけた。コンポから小さな音でコステロの歌声が流れ出す。枕元に置いた煙草をくわえ火をつけ煙を吸いこみ、まるであたしの方が男のようだと一人こっそり笑う。

…何がどうしてこうなったんだっけ?

ああそうだ、あたしから持ちかけたんだ。

「これ、借りてた本。ありがとな。」
「うん。」
「おもしろかったわー。さすが司馬先生。」
「…好きなんだけど。」
「司馬先生が?」
「じゃなくて、あんたが。」
「俺?」
「うん。」
「俺アミの彼氏だよ?」
「そうだね。」
「で、アミはお前の友達だよね?」
「親友って言たほうがいいかもしれないね。」
「…お前そういう人だったっけ?」
「取るつもりはないよ。」
「うん、俺も取られるつもりはないからねぇ。」
「だからあたしは…」
彼は全てをわかったと言わんばかりに、あたしにキスをした。今日アミから聞かされた言葉が映像になって目の前を通り過ぎた。

『あたし、妊娠してるかもしれない。』


…そんなの、あたしは知らない。


「お前の部屋行っていい?」
「いいよ。」


彼が事の途中で着けたゴム製品は、生殖を目的としないセックスの為に必要な道具。
彼があの子とする時は着けなかったであろう、もう一枚の皮膚。あたしは胸につけられた赤い痣を見下ろし、横で眠る彼を見た。綺麗な横顔。音楽をかけてもなお静か過ぎる部屋。もう一枚の皮膚に阻まれてあたしは彼から何も受け取ることができなかった。あたしの身体に残ったのは、彼の汗の匂いと一ヶ所だけつけられた赤い痣と夜を共有した事実だけ。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…思考がまとまらない。


“…ねぇねぇ、どうして悲しいんだと思う?”



“きっと急に降り出した雨の所為だよ。”



明後日は洗濯をしよう。


彼とあたしでなすりつけあった罪を洗い流す為に。


…こんなことって事故みたいなもんだから、誰の所為でもないんだけどね。











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