『生きるということ』










帰省した2日後、自宅で夕食も食べ終わって部屋で一服していると携帯が鳴った。
いつもはメールで連絡をしてくる親友、真衣の名前が画面に表示されている。何事
かと思い煙草を揉み消して通話のボタンを押した。
「もしもーし。どうした?」
「…あのさぁ、さっき芳香から連絡来たんだけど佐々木おるやん。」
「佐々木?あー、佐々木大介ね。佐々木がどうかした?」
「……事故でさ、さっき死んだんだって。」
「…………マジで?事故?」
「スピード出しすぎで、あの踏切前の工場の壁あるやん。あそこに追突して……」
「…お通夜いつ?」
「明日6時から、G葬儀場。三田真治とかてっちゃんとかが車出すって言ってた。」
「あたしもそれ乗ってっていいの?」
「うん。一緒に行こ。」
電話を切り、あたしはしばらく放心状態で天井を眺めた。小・中かけての同級生が
死んだという実感は、無かった。


「…久しぶり。覚えてる?」
「当たり前じゃん、真希。あんた今何してんの?」
「大学行ってる。京都の。今帰省中。」
「あぁ、真希あそこ受かったんだー。あたし落ちたと思ってミホピーとかと飲んどっ
た時落ちたって言っちゃったよ。」
「ひでぇ!受かったっつーの!」
いつもと何も変わらない、久しぶりに会った同級生との会話。集まりこれから行く場
所さえ除けば、同窓会だ。
「………じゃあ、行きますか。」
同級生が運転する車内は沈黙に満ちていた。あたしは、18年間生まれ育った町の風
景が流れる窓の外をじっと眺める。車の修理工場、競艇場、コンビニ、ファミリーレ
ストラン、何故か改装工事をしている駅。いくら住処を変えても、道は忘れない。
「…もうすぐ着くよ。」
「うん……」
式場に着くと、かつての同級生がちらほらいた。驚くほど変わった子、全く変わってな
い子。全員が喪服に身を包んでいる。
「あれ、受け付けろっ君とくら君がやっとるね。」
「うん、だってあの二人佐々木が事故った時後ろにおったから…」
「え、後ろ?二人大丈夫だったの?」
「あぁ、車の後部座席じゃなくて後ろ追走しとったってこと。」
「なるほど…」
佐々木のお母さんと妹が泣き崩れている横を通りすぎ、座席に座る。まだ、実感は沸
いてこない。
「写真、めっちゃカッコイイな。」
「うん…」
程なくして読経が始まった。隣で一緒に来た友人達が泣いている。あたしは、泣けない。
「それでは、皆様最期のお別れをしてあげて下さい…上がっていただいて結構です…」
棺に近づいていくにつれて訳のわからない感情に襲われた。名付けることの出来ない、
感情の渦。ぐるぐると飲みこまれる。
「あぁ…顔綺麗やん。」
「でもやっぱ傷はあるねぇ…」
「綺麗な顔に傷つけやがって、なぁ。」
「ん…」
長く居座るのも苦痛だったので、そそくさと棺の前を退いた。ふと横を見やると、佐々
木の元彼女が彼のお婆さんであろう人の前で泣き崩れている。

「あの子を愛してくれて、ありがとね。うん…うん…」

今まで堪える事が出来たのに、お婆さんのこの一言で一気に崩れた。涙が溢れる。涙を
拭いて式場の外で煙草を吸っていると、佐々木の親友の白井が壁によりかかってうずく
まっていた。声をかける事は、出来なかった。煙草の火が中ほどまで来た時、横からふ
いに声をかけられた。
「真希、来てたんだ。」
「あぁ、メグ…久しぶり。」
「何か、信じられないよねぇ。あたしパチンコ屋で佐々木に会ってさぁ、また皆で集ま
りたいねとか言ってたのに……っ…」
「うん…」
「死ぬなんて、さぁ…」
「ね…同窓会で会うはずだった同級生に違う式で会わせてんじゃねぇよって感じ…」
「バカだよ…ホント…」

帰りの車内も、静かだった。皆の鼻をすすり上げる音だけが、闇に響いていた。



その次の日、またあたしの携帯が鳴った。真衣からだ。
「もしもし。」
「あのさぁ、佐々木の事故現場行かない?真希見てないでしょ?」
「あぁ、うんいいよ。迎えに来てくれるの?」
「勿論。すぐ行くし準備しといて。」
言葉通り真衣はすぐにやって来た。車にはもう一人、アユミが乗っていた。
「あぁ、アユミもおったんや。」
「真希ー、関西弁やめてよー。変じゃん!」
「悪かったなぁ。周り全部関西弁やったら感染るっちゅーの。」
「まぁいいけどさぁ。」
「あ、真衣現場行く前にコンビニ行ってくれる?」
「いいよー。」
「何か買ってったろと思って。」
「あぁ、そだね。」
コンビニで煙草とウィスキーを買いこみ、事故現場へと向かう。事故現場には、
花や煙草や缶ジュースが所狭しと並べられていた。
「…みんな来てんだね。」
「うちらももう今日だけで三回くらい来てるし。」
「え、そんなに来てんの?」
「うん、一人でおると色々考えちゃうから。」
あたしは煙草のパッケージを破り中から一本を取り出し、火をつけた。あたしの
吸っている銘柄よりキツイ煙が肺に流れ込む。
「……ついでだし、車も見に行こうか。」
「え、見れんの?」
「うん、警察に置いてある。」
昨日とはうってかわって下らない話をしながらあたし達は警察署へと向かった。
生きている者だけが出来る下らない話を、延々としながら。
「アレ。」
「うわ……ぐっちゃぐちゃ…」
「かなりスピード出てたみたいだしねぇ…」
その時。あたしはぐちゃぐちゃの車内から聞こえる電子音に気づいた。
「何か、ピッピっていってない?」
「なんだろ、携帯かオーディオの音じゃない?」
「あー…」


ふいにあたしは悟ってしまった。当たり前だけど、今まで知り得なかった事。


携帯のアラーム音を自力で止める事ができなくなるのが、死なのだと。


あたしは煙草の煙を夜空に力一杯吐き出した。




…あたし達は、死ぬまで生きてやる。


アラーム音なんか、自力で止めてやる。


寿命が来るまで、死んでなんかやらない。







――――requiem for S











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