『プカプカ』〜懐かしの名曲シリーズ1〜








俺のあん子はうらないが好きで トランプスタスタスタ よしなって言うのにおいらをうらなう おいら明日死ぬそうな あたいのうらないがピタリと当るまで あたいトランプやめないわ スタスタスタスタスタ

(西岡恭蔵『プカプカ』より)





我が家に突然住み着いた若い男の子は、ヒマさえあればパソコンに向かっている。根無し草生活の中でもこれだけは決して手放さないと決めているそうだ。生白い腕は、宝物だと言ってはばからないその薄っぺらいノート型パソコンに向かう時だけ機敏に動く。

「ソレ、面白いの?」
「面白いよ。何でも出来る。」
「何でも。」
「そう。ケンタローさんが38年間生きてきて得た知識の何億倍の情報が詰まってる。」
「失礼なこと言うねぇ。」
「んー。でも、限界があるから楽しいんじゃない?人間って。」
「僕とユウキみたいに?」
「俺らの場合はロシアンルーレットだよ。」
「僕しか引き金引いてないけどね。」
「あ、ケンタローさん時間だ。」
「もう?早いねぇ。」
「127回目、だね。」
「…数えてるんだ。」
ユウキはくるりとイスを回転させて、僕に向かって目を閉じた。1日4回、12時と3時と6時と9時…僕達はキスすることにしている。単調な時間に区切りを、とこの儀式めいたルールを決めたのはユウキだ。“区切りをつけないと時間はあっという間に消えてなくなるから”…と。このルールを決めたのは丁度1ヶ月前のことだ。一日に幾度も繰り返されるキス、しかも男同士。キスなんかする程の間柄だ。さぞかし愛し合ってるんだろうと、僕らをさぞかし濃密な恋人だとお思いの方もいらっしゃるだろうが全くそんなことはない。


たった
1ヶ月前に、初めて僕らは出会ったのだ。



「ねぇオジサン、何してんのー?こんなトコで2時間も。」
顔を上げるとそこには一人の青年が立っていた。茶色く染められた髪と左耳に光る銀のピアスを見て一瞬『オヤジ狩り』という単語が思い浮かんだが、酷くのんびりとした口調からは一切の敵意も感じられなかった。
「ボーっとしてんの。ていうか、2時間もここにいるのを知ってるってことは、君も2時間僕を見てたの?
「うん。俺は客探してたんだけどね。」
「へ?何の客?」
「そう。俺身体売ってんの。男に。」
「それって援助交際………」
「あー、俺エンジョコーサイって言葉嫌いなの。何か頭良い人が作った頭悪い言葉って感じしない?おためごかしっていうか。」
「…ごめん。」
「別にあやまんなくても。つか、オジサンもそーゆー相手探してたんじゃないの?」
「僕!?違うよ!」
「……だったらこの公園でボーっとすんのは止めた方がいいよ。ここはそういう場所だから。ハッテン場ってヤツ?」
驚いて周りを見回すと、成る程平日の昼間にも関わらず幾人かの男がキョロキョロと落ち着き無く辺りを見回している。
「…教えてくれてありがとう。」
「いや、別に。オジサンノンケでしょ?だからあの人らも声かけなかったんだよ。」
「そんなことわかるの?」
「大体はね。」
「そうか。じゃあ君は、その、アレだ……」
「うん、俺はガチのゲイ。じゃなきゃ売春なんかしないよ。」
あっけらかんと言い放つと、彼は煙草に火をつけ眩しそうに空を見上げた。僕はノンケのはずだったがその横顔は、とても美しいと感じた。太陽の眩しさに狂わされたのか彼の横顔に狂わされたのか、気がつくと僕は彼に自分の事を語っていた。
「僕はね、もう長くないんだ。」
「んー?何がー?」
「もうすぐ死ぬってこと。病気。」
「何の病気?」
「悪性のガン。何とかって長い名前言ってたけど、覚えてない。」
「入院しなくていいの?」
「すぐに入院させられそうになったけど、逃げてきた。延命治療なんかして欲しくなかったからね。そっから一回も病院は行ってない。」
「ふーん。奥さんとか入院しろって言わない?」
「奥さんいないから。親も2年前に死んだし、親戚も嫌いだから頼らない。」
「……一人で死ぬの?淋しくない?」
「うーん、淋しくはないと思うけど…死んだ時発見されるのが遅くなって腐ったりするのはイヤだね。どうしようね。あ、煙草一本貰ってもいい?」
「…俺もうすぐ死ぬ人と話したの初めてだよ。」
しばらく彼はじっと黙って何かを考える顔をしていた。死にゆく人間と話したことが初めてだから何か考えるところでもあるのだろうか、と煙を吐き出しながらぼんやり彼の思うことを想像してみた。想像したところで、わかるはずもないのだが。
「……あのさぁ。俺オジサンが死ぬまで側にいてあげるよ。」
「は?」
「バイト。幾らかくれたら、俺オジサンの最期看取ってあげる。費用さえ用意してくれたらお葬式も出してあげてもいいよ。」
「いや、そんなこといきなり言われても…大変だよ?葬式とか…」
「腐るの、イヤなんでしょ?俺ヒマだし金欲しいし…ここで会ったのも何かの縁だよ。」
「…幾らほしいの?」
「じゃあ、俺の売春一回分の値段×オジサンが死ぬまでの日数にしようか。ちなみに、俺一回2万ね。金ないの?」
「や、金はまぁ、あるけど…何だか…」
「じゃあいいじゃん。俺は男だけど、一緒にいたら淋しくないよ。」
「……僕は男とはセックスできないよ?」
「別にしなくていいよ。もしやりたくなったらやってもいいし、やんなくてもいいし。」
「でも…」
じれったくなったのか彼はおもむろに僕の手を取ると、甲に唇を押し当てた。
「コレ契約成立のキス、ね。けって〜い。」
彼が邪気の無い顔でニコニコ笑っているのを見ていたら、自分の中の道徳観も何もかも全てどうでもよくなってきてしまった。よくよく考えれば、もうすぐ死ぬ人間が気にすることなんか何一つとして無いのだ。金で男を買ったところで責める人間はいないだろう。死を免罪符にするのは卑怯だが、それくらいの悪事くらい許されるのではないだろうか。しかも“買う”とはいえ、セックスをする気はないのだ。ぐるぐるぐる考え考え…そしてため息を一つ、僕は彼に向き直る。
「……まぁ、いいか。よろしく。」
「よろしく。俺は榊原悠貴。ユウキでいいよ。21歳、プータロー。家無いから、オジサンの家に住ませてね。」
「家無い!?じゃあ今までどこにいたの!?」
「友達ん家転々としたり、客とホテルに泊まったり色々。オジサン、名前は?」
「…大森憲太郎。38歳、今はもう会社も辞めたから君と同じプータローだね。」
「よし、じゃー行こー。オジサン…じゃねーやケンタローさんの家に。」







こうして僕らは出会った。これが、1ヶ月前の出来事だ。不思議な事に(これは彼の人徳もあるのかもしれないが)僕は押しかけ妻めいたユウキの存在に欲情こそしないものの、軽い好意くらいは抱くようになっていた。そうでなければ、男相手に何度も何度もキスなんかしないだろう。
「ねぇケンタローさん、お腹すいた。」
「何か食べに行く?」
「えーっ、外出るのめんどくさい。何か作ってよー。」
「…何食べたいの?」
「んー、パスタ。カルボナーラがいいなー。」
「…ちょっと待ってね。」
冷蔵庫を覗くと、牛乳と卵はあったが粉チーズが切れていた。
「チーズ無いから、買ってくるよ。」
「わかったー。」
財布を探していると、突然ユウキがあっと小さく声を上げた。何事かと思い彼の見ているホームページを覗き込んだ。
「…何、これ。」
「『アナタの死ぬ日教えます』っていう占いサイト。見て見て、ココ。」
「あれコレ、僕のデータ入れたの?」
「うん。見て、2054年8月4日だって。」
「……50年後?」
「らしいよ。」
このひどいブラックジョークに対して苦く笑いユウキを見やると、彼は酷く真面目な面持ちで僕を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「俺ケンタローさんの死ぬ日がちゃんとわかる占い、もっと探すから。」
「…何のために。」
「その日がわかったら、一日にするキスの数1時間に一回に増やそうと思って。」
「………」



僕たちは別に恋愛感情で繋がっている関係ではない。

露悪的な言い方をするならば、金で繋がっているだけの関係だ。

けれども。

僕はユウキを愛している、と強く強く思ったのだ。

僕が死ぬ日を必死で探すこの若い男に、僕の一生分に値する愛を。




「…ありがとう。」
「え?」
「何でもないよ。チーズ、買ってくる。」
「早く帰ってきてねー。お腹減ったから。」

財布だけを手に、外に出る。

僕は、チーズを買いに、コンビニに向かった。




END.












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