『Shell』



貴方が居なくなってしまったから、あたしは貝に成ることにした。深い海の底で
ぴったりと口を閉じて、一人きり。何も見えない、何も聞こえない深夜三時のよ
うな水の中。

本当に気が狂ってしまうくらい好きだった。
過去形にするほど時間は経っていないのだけど。

あたしの身体に耳を当て貴方が溶けゆく体内の音を聞けば、波の音と合わさって
其れは新しい音楽に成るかもしれない。誰にも作れないあたしだけの音。

「…わからない。」
「貴方は何時もそれしか言わない。」
「好きなんだ。」
「あたしのことを?」
「うん」
「それは現実に存在するあたしを『好き』?」
「…わからない。」
「偶像としてのあたしは本当のあたしじゃない。」
「その偶像を造り上げたのは、俺。」
「あたしは貴方に愛されたいの。」
「その感情すら造られた偽物だったら?」
「そもそも本物は有るの?」
「…わからない。」

『貴方がいなくなってしまえば全て解決するのでは?』

その顔も口調も身体も。

愛しすぎて憎いほど。

体内で溶けるカタマリを、あたしはぼんやりと想った。

「死んでみない?」
「俺が?」
「死んだら食べるの。あたし。貴方を。」
「良いよ。」
「美味しく食べるから。痛くしないから。」
「コンソメ味のスゥプにしてよ。」
「わかった。」

まずは綺麗に皮を剥いで、水洗い。
根野菜を大きめのざく切りにして、鍋で煮込む。
灰汁をすくって、軽く焼いた肉を入れる。
要望の通りに粉末コンソメと塩コショウで味を整えて、さらに煮込んで。

≪さぁ、貴方のスゥプの出来あがり。≫

あたしは暗い海の底に沈んだ貝。
栄養源は貴方。
音楽が聞こえる。


…温かいスゥプに塩辛い波紋が広がった。

貴方の肉…ではなくて鶏肉と根野菜のポトフ、に。

本当に気が狂ってしまうくらい好きだった。

あたしを捨てた貴方を、想って。

≪ゴチソウサマデシタ≫













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