『それはスポットライトではない』〜懐かしの名曲シリーズ2〜








あの光そいつは あんたの目にいつか輝いていたものさ またおいらいつか 感じるだろうか あんたはなにを知ってるだろうか
(浅川マキ『それはスポットライトではない』より)





「夜の始まりの瞬間が、永遠に続けばいい。」
仕事場に向かう為の迎えの車を待つ間、私はいつもそんな事を思う。店に着いたら吸えないので吸い溜めとばかりに何本もの煙草を次々と灰にしながら。私は立ち尽くしじっと暮れ行く空を見上げ、部屋で一人ギターを爪弾いているだろうオサムを想った。


……私は、男を一人飼っている。


「いらっしゃいませー…あ、お久しぶりですねー日村さん。」
「中々時間が取れなくてね。淋しかった?」
「もう、すごく淋しかったんですよ。アタシを淋しくさせたんだから、今日はお詫びとして新しいボトル入れて下さいねー。」
「何だよ商売上手だなぁー。」
「いえ、ホントに淋しがりやなんです。」
「可愛いねぇ。あ、ママーカラオケ入れて!ユリちゃんの十八番聞かせてよ。」
「ハイハイ。ユリちゃん入れるよ?」
“淋しいからあんなクズ男を飼っているんだろうか?”一瞬そんな考えが頭をよぎったが「ユリ」には彼氏はいない―ことになっている―のだと思い直し、思考を目の前でニヤけているタヌキによく似た小太りの客に戻した。私の職業はホステスだ。しがない地方都市の風俗街にありながらも、結構な高額の料金を客から毟り取る所謂高級クラブ(客の大半は性欲を漲らせたオヤジだが)に週5回程出勤して同じ歳の女に比べたらかなりの高給を貰っている。尤も、その金の大半はオサムへと流れていくのだが。


私はたまに想像する。

「3年前のあの日、オサムに出会わなかったら。」

…私は案外平凡な一生を送ることが出来たのではないだろうか……と。


「ねぇねぇ、アオイ今日暇?」
「あー…暇っちゃあ暇だけど…何かあるの?」
「知り合いの子がやってるバンドのライブがあるんだけどさー、一緒に行かない?」
「ライブ…ねぇ。」
その時、私は大学生だった。暇だからと友人のケイの誘いに乗り小さなライブハウスに行ったのがそもそもの間違いの、始まりだったのだ。


「何でアンタこんなとこにいんの?」
退屈なライブがようやく終わり(申し訳ないがオサムの所属するバンドの音楽は全く私の好みではなかった)やっと帰れる、と思うも束の間私は半ば強制的に大衆居酒屋に連れて行かれた。そしてオサムに開口一番言われたのが上の言葉だ。何様だこの馬鹿野郎、と思ったのは言うまでも無い。
「すいませんね。華も可愛げもない女が黙って酒飲んでて。」
「あー、いや、ごめんそっちの意味じゃなくて。」
「は?」
「アンタみたいな女は、こんなとこ来ちゃダメだよ。」
「どういうことですか?」
「これねー、俺が言うのすげぇイヤなんだけど…気ぃ悪くするなよ?ウチのバンドの打ち上げに呼ぶ女は大抵打ち上げ後ヤられに来るって感じの女なのよ。」
「…意味がわからない。」
「だーかーらー、何て言うのホラあれだ…合コンでいうならヤリコン?死語でいうなら打ち上げに呼ばれるのは皆ヤリマンのグルーピー?ちょっと違うかもしんないけど。」
やや酔っ払った口調でそんな事を言われて狼狽しない女がいるだろうか。思い切り引いた私をオサムは心底申し訳なさそうな顔で見つめた。
「アンタはそんなんじゃないだろ?服装とか雰囲気とか視線とかで、何となく友達の付き添いだってわかったから一応言ったんだけど…」
「じゃあケイは」
「俺以外のヤツは皆ヤってる。」
友人のそんな風な下半身事情にもショックを覚えたが、それ以上に私は先ほどから馴れ馴れしく話し掛けてくる男達の頭にそんな思惑があったことを悲しく感じた。
「あー…ねー…」
「だからね、適当に食って飲んだらすぐ帰んな?アンタ綺麗だしスタイルいいし擦れてないオーラ丸出しだから狙われてるよ。って俺が言っても説得力ないけどさぁ。」
「……ありがとう。」
「いえいえ。」
「でも、何でそんなこと教えてくれたの?」
「んー?俺が欲しかったから。」
「え?」
「アンタが他のヤツにヤられんの、イヤだったから。手垢のついた女、イヤだから。」
「………それは、つまり」
「うん。今から俺と打ち上げこっそり抜けて?」
「私に拒否権は?」
「あるはあるけど、アンタはそれを行使しない。」
「……凄い自信だね。」
「ハッタリ使えないとこの世界渡っていけませんから。」
「世界、渡る気なんだ。」
「うん。こんなことも平気で言えるからね。」
そう言うとオサムは私の耳元に口を寄せこう囁いた。

“アイシテルヨ”


生まれて初めて聞くその言葉の響きに打ちのめされた、とは間違っても言わない。しかし、私はその日の内に彼と寝てしまい(ケイと変わらない!)ずるずるずるずるそのまま付き合いが続き……そして現在に至る。私の現在の就職先を見つけてきたのはオサムだ。物凄く軽く、私が作ったカレーなんぞを食べながら一言、「アオイ、○○って飲み屋で働かない?」と。飲み屋は飲み屋でも、客は性欲が額の汗から浮き出ているような中年親父が主な性風俗一歩手前の飲み屋だったが、それでもオサムを恨んではいない私がいるのもまた確か。人間の心理はかくも複雑で難しいものなのだ。確実に言えるのはクズ男と離れられない私も十分クズ女なのだろうという事実だけだ。



仕事が終わり帰り支度を整え店を出ると、時計の針はもう3時を回っていた。タクシーを止めるために大通りへと急ぐ。繁華街らしくくねくねと曲がる道を抜けると、私は突然眩い光に包まれた。…それは、まるで、私は体験したことがないが、大舞台に照らされるスポットライトのようだった。
「アーオーイ。……お疲れ。」
光の先には原付にまたがったオサムがいた。
「…何してんのアンタ。」
「新しい曲作り、煮詰まって息抜きしようと思って。お迎え。」
「……アンタは息抜きしっぱなしじゃん。」
「うるせー。いいから後ろ乗れよ。」


ボロボロの原付の後ろにまたがりながら私は想う。



大舞台のスポットライトなんか、私達は一生浴びられないんだろう。
ヘッドライトに照らされて目を細めるのが、せいぜいだ。
それでも生きていくことを、『人生』と称するのかもしれない。


「ハラ減ったなー。何か食って帰る?」
「ラーメンたべたい。」
「いいね。」



夜は、終わろうとしていた。


END.












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