『終空』 その知らせは急だった。 世界が終わる。あたし達に与えられた情報は僅かで、そこから何かを感じる事は残念ながら無理だった。外の人達は色々とやらかしているみたいだけど、外から遮断されたこの部屋は酷く静かで、穏やかだ。あたし達は最近(あのニュースが流れる前に、だけど)買ったばかりの真新しいオセロ盤を睨みながら延々と、白と黒のコマをひっくり返し続けている。側には、ワインの壜とセブンスターマイルドとセーラムライトとゲームの結果が書きこまれた紙とペン。 「そこ、返せる。そこそこ。」 「あ、ほんまや。」 「酒、後半日もつかね?かーなり残り少ないんやけど。煙草はまだカートンあるから良いとしても。」 「んー…と、ねぇ…そうだねぇ…ココでどーだ。」 「うわ汚ねぇ。あーあー、もう俺これあかんやん…」 「最期用のとっておきシャンパンはまだあるやん。で後は白ワイン一本。足りるやろ。」 「次、お前の番。」 「こーれーで終ーわりー…っと。あたしの勝ち。」 「クソ。56勝68敗。」 コウは悔しそうな顔をしてフローリングに寝転び煙草に火をつけた。柔らかく光が射しこむ部屋はこれから来る終わりなんか知らない。人間だけが焦ってもがいている。あたし達は何も知らないフリをしながら終わりを迎えようと決めたのだ。 「コウは先読みすぎやねん。多分。」 「それ褒め言葉や。」 「ライター取って。」 「ほい。何やオセロ飽きてきたなぁ。何しよ。後…6時間弱。」 「取り敢えず時計見んの止めようや。今一番不毛な行為やで。それ。」 「そやなぁ。」 「今までに付き合った人の中で一番イタかったヤツの話。」 「何いきなり。」 「今思いついてん。修学旅行っぽくておもろいやん。コウから。」 「えー…自称鬱病ってのはイタかったなぁ。俺オカンが鬱病やったからさ、知っとるやん。本物を。そいつ全然ちゃうねん。なんちゃって鬱。死ぬ気も無いのに傷だらけの手首とか見せられて気持ち悪かったし1ヶ月くらいで別れたけど。」 「1ヶ月も付き合ってやって偉いなぁ。あたしやったら2日であかんわ。」 「で、キョウは。」 「あたし?あたしはねぇ、ナルシスト。それも只のナルシストちゃうくて、恋愛してる自分の事ドラマの主人公みたいに思ってんねん。ある意味おもろかってんけどねぇ。」 「うっといヤツやなぁ…。」 「別れる時おもろかったで。駅の隅っこで抱きついてきて『これだけ言わせて欲しいんだけど、キョウは凄く可愛くなったよ…』って耳元で。もちろん声は掠れ気味。」 「寒っ。」 「あいつ今何してんやろなぁ。」 「外で騒いでんちゃう?」 「かもな。」 「それかお前ん家の前で『死ぬ前に一度だけ会いたかったのに…』とか言ってたりして。」 「それって死ぬ前に一発ヤらせろって言ってんのと一緒やんな。アホらし。」 「せやなぁ。ありえん話ちゃうわ。」 『すいません、お宅の隣に住んでる人どこに行ったか知りませんか?』 『さぁ?知らんなぁ。』 『…そうですか…いやね、僕が前付き合ってた人なんですよ…』 『はぁ。』 『死ぬ前に一度だけでいいから会いたかったなぁ…』 『どうでもいいけどさ、アンタも参加しいひん?今、世界の終わりを救う為にみんなで神様にお祈りしてんねん。』 『…え?』 「あ…コウ、ヤりたい?」 「別に。あ、でもキスくらいはしたいなぁ。」 「ええよ。」 オセロ盤を挟んでのキスは、少し間抜けだった。でも、あたし達らしいといえばあたし達らしい。騒ぐ事に早々に飽きてしまったあたし達に、ぴったりだ。 「こんな状況でヤる気なんかするヤツのほうが少ないんちゃう?」 「多分いっちゃん無駄な事やしね。生殖行為は。」 「…日、落ちてきたなぁ。」 「んー。…何か音楽かけようか。葬送曲。何が良い?」 「『天才ヴァガボンド』」 「了解。」 CDをコンポにセットし、あたし達はしばらく音楽に聞き入っていた。その一曲だけをリピートしながら何度も何度も。3本程煙草を灰にし、白ワインを一杯ずつ飲み干すとコウがあたしの肩に頭を乗せてぽつりと呟いた。 「最期に見たもん、全部やるから。」 「あたしがコウより先に死ななかったらね。」 「1秒でも長く生きてたら。」 バカでごめんね 逃げ切れるわけないのに でも最後に見たもの全部 君にあげるよ 「…何か、寝てしまいそうやわ。」 「寝る?」 「寝よか。」 「あ、シャンパン。」 「もうええわ。」 「そっか。」 「おやすみ。」 「おやすみ。」 ウソでごめんね たどり着けはしないのに でも最後に会えたら全部 君にあげるよ あたしは綺麗な夢を見ていた。銀色の金属片がキラキラと空から降ってくる夢。それはそれは綺麗だったのだけど、その金属片に触れた隣に居たコウはばたりと倒れた。それをあたしは顔色も変えずに見つめ、その内あたしの上にも金属片は降り注ぐ… 「…あー…起きてもーた…」 「キョウ起きたん?」 「…起きてたんや。」 「さっき起きた。吸う?」 「うん。」 ライターを取ろうと後ろを振り返ったら、丸い時計が目に入った。 「…後、5分。」 「最期まで寝ときゃよかったなぁ。」 「うん。」 煙草の火はだんだん根元まできていて、あたし達は長い長いキスをして、程なくして大きな大きな地震が来た。抱き合った体勢のままコウが呟く。 「地震なぁ…随分ゆっくり殺されんねんな。」 「仕方ないよあたし達沢山悪い事してきてんねんから…」 「天罰?」 「でも、神様なんか信じてやらへん。」 神様も、天国も、あると思うから怖いんだと、あたしは思う。 そしてゆっくりとあたし達は地球に殺されていった。 |