『うみに、かえる』



「クラゲもいなくなったね」
「もう秋だから」
「ホントに死ぬの?」
「うん。」
「あたしを置いて?」


海ニ行クツモリジャ、無カッタ。


「1人になりたくて死ぬのに、どうして君と心中しなきゃいけないの?」
「・・・言ってみただけ。」
「夢を見たんだ。」
「どんな?」
「1人で海に行くんだけど、誰も居ない海に。」
「それで?」
「泳いでた。やっぱり1人で。」
「うん。」
「それでおしまい。」


映画ノヨウニ涙拭イテ、身体ヲ起コシテ朝ヲ迎エル。


「つまんない夢。」
「そうだね。」
「夢占いをする気にもなれないわ。」
「そうだね。」
「只の風景描写しかないつまらないフランス映画みたい。」
「そうだね。」
「・・・もう行くの?」
「あと少しで満潮なんだ。」


恋ガ終ワル、1人ボッチガ始マル、同ジ言葉繰リ返シテク。


「魚に食べられて身体が無くなるなんて、考えただけで鳥肌がたつ。」
「そうかな。」
「・・・・・どうして怒らないの?」
「もうすぐ海に還れるんだ。余計なことにエネルギーを使ってる場合じゃない。」


唇カラ溢レテ止マラナイ言葉、只々流サレルダケナノニ。


「行かないで。」
「ムリだよ。」
「・・・・・わかってる。」
「じゃあね、バイバイ。」
「・・・・・・・・・・マサキ・・・・・」


海ニ、行クツモリジャ、無カッタ。


煙草の灰ガ最期ノ瞬間ヲ見ツメテイタ。


砂浜に吸い差しの煙草を線香がわりに突き刺してあたしは立ち上がり、巨大な
水面に背を向けた。マサキの身体がゆっくりと沈んでいくのを最期まで見届け
ることはせずに、振り返らずに。

背中に感じる広い水たまり。

陽に透けると茶色に光る黒髪も、黒目がちの瞳をふちどる長いマツゲも、薄い
唇も、細く長い首も、無くしてしまった今となっては汚れたこの手で想い出す
だけ。泣いてもマサキは居ないのだからして、あたしは生暖かい塊を必死で飲
み込んだ。


「ねぇ、あんたって自分が天国に行けると思ってる?」
「天国なんてもの、存在しないよ。」
「やっぱり?」
「死んでしまえば身体が無くなるだけ。」
「そうね。」
「重くて仕方が無いんだ。生きてるこの身体が。」
「重さを耐える為に、あたし達生きてるのよ。」
「君は強いね。」
「そうでもないわ。」


・・・鎮魂歌は、歌ってあげない。











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